花鳥諷詠心得帖とは
俳句をより深く知りたいという方向けに文房具から表現技法までを本井英が解説します。
これは以前、本井英が俳誌『惜春』誌上で全43回にわたり連載したものですので
ちょっとエッセイぽくなっています。
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俳句をより深く知りたいという方向けに文房具から表現技法までを本井英が解説します。
これは以前、本井英が俳誌『惜春』誌上で全43回にわたり連載したものですので
ちょっとエッセイぽくなっています。
一、用意の品-2-
「書く道具」
さて筆記用具というのは「書く道具」の謂いか、「書かれる道具」の謂いか。
判然しないが、取り敢えず「書く道具」から考えてみよう。
「書く道具」。筆者は現在、句帳に書く時は「鉛筆」(句帳に附いている小さいやつ)、
句会短冊に書くときは「筆ペン」、清記・選句用紙には「筆ペン」を使用している。
近年の「筆ペン」は随分と品質が良くなって、結構細い字まで書ける。
勿論結構大きい字でも書ける。その辺りが「筆ペン」の良さだろうか。
さらに「筆ペン」は必ず「濃く」書ける。
老来、目がしょぼしょぼして来ると「薄い字」がまず苦手になってくる。特に夜分はそうだ。
ともかく「墨」とは偉大だと思う。
スタイルに拘るなら、「矢立」を持って歩いて、徐に一句なんて言うのも魅力的だが、メンテナンスが面倒だ。
一々綿に墨汁を補給するなんてことは筆者には出来ない。
勿論万年筆党も少なくないだろう。「良い万年筆」に当たれば結構だろうが、どうも筆者は外れがちだ。
使い方が下手なせいもあるのだろう。「ボールペン」を使う人はどのくらい居るだろう。あまり見かけぬが。
かつて一度「ライト付きボールペン」なる物を頂いて使ったことがある。
ペン先近くに小型懐中電灯が灯る仕掛けで、闇夜の中でも句帳に句を書くことが出来るのだ。
初めは面白くて、わざわざ「闇」を求めて作句したりしたが、結局面白すぎて「句」が落ち着かなかった。
「闇」で心に浮かんだ十七音を最寄りの外灯までゆっくり吟味・推敲しながら歩いて
「句帳」に書き付けた方が、却って結果は良いようである。
虚子の最晩年の句帳というのが残っていて、その小振りの学習ノートに紐で結びつけてあった鉛筆が
忘れられない。
すっかりチビていて、紙質の悪いノートに俳句が薄く書き付けられていた。
亡くなった野村久雄さんの話しに、先生ご自身その薄い字がお読みになれなくて、
久雄さんに「読んでくれ」とおっしゃった事もある由。
これは直接俳句会や吟行の話ではないのだが、近年はパソコンが発達して、
「俳句」などは最もそれと遠い世界かと思っていたら、そうでもなかった。
実を言えば「桜山より」(註:主宰近詠のタイトル)も自宅のパソコンで打っている。
従って、原稿用紙にペンではなく、ディスプレーにキーボードという訳だ。
決してパソコンが上手ではない私でも、ペンで書くよりは余程早く書けるので重宝しているが、
俳句を「横書き」で打ち込むのだけはやってて、気持ちが「辛い」。
書き終わって、「縦書き」に変換してやっと「落ち着く」。
若い友人達がメールで送って来る俳句も全て「横書き」最近はやや馴れてしまった。

一、用意の品 -3-
「句帳」
立子先生(註:星野立子氏)がお元気だった頃、ある時、何かの拍子に、
先生の「句帳」を見せて頂けることになった。
笹目の俳小屋の地袋のような所に、行李に入っていたように思う。
あるいはトランクであったかも知れない。ともかく二三百冊の「句帳」が几帳面に保存されていた。
「句帳」のサイズは今でも玉藻社・花鳥堂で売っている小振りのものだった。
筆者も同じ「句帳」を現在使用中。一三一冊目が終わろうとしている。
「吟行」が作句の中心舞台となってからは「句帳」は必需品となったが、
明治時代、主として題詠が行われていた頃には「句帳」という感覚は無かったらしい。
筆者が一見した明治期虚子の「句帳」は「帳」ではなく、只の「半紙」だった。
俳句会に臨んでは手近の「半紙」に出来た順に句を書き付けていた。
ひとしきり書き付けると、さらに行間なども利用して「半紙」に二十句位は書き付けてあった。
本来保存する気持ちも薄かったものであろう。
筆者の一見した数十枚は希有な例であったのかもしれない。
その後虚子自身の発案で「吟行」が増えると、自ずから「句帳」も必須アイテムになった筈だが、
虚子自身に「句帳」を保存する習慣は無かった模様だ。
虚子の『俳談』に「句帳」という文章があって、その辺りの事情が詳しく書かれている。
前回でご紹介した虚子最後の「句帳」は虚子によって捨てられる事もなく、
現在無事に芦屋虚子記念文学館に展示されている。
「吟行」全盛の現代の俳人は皆「句帳」を持っているのかと思っていたら、興味深い話をある方に伺った。
それは森澄雄氏とそのお仲間の吟行の話。
三四人で奥多摩にでも「吟行」に行った一行は、ただ黙って野山を歩き、宿に着いて、風呂など浴びた後、
画帳のようなものを取り出して、全員で一冊のそれに順にその日の収穫を書き記していき、
書く句が無くなったところで、各自による句評がなされるのだそうだ。
つまり心の中に一日中温めて置いた句を順番に吐き出していく訳らしい。
筆者など作句を覚えていられなくて、風呂など浴びたら全部忘れてしまいそうだが、
その方のお話では、夜まで覚えていられない程度の句は意味がないのだそうな。
俳句の世界も色々で、そんなやり方もあるらしい。
我等の仲間には句帳に「言葉」を断片で書き付けている人も見かけるが、私はそれはしない。
十七字になってから書き付ける。「諷詠」の心構えを大切にしたいからだ。
そして推敲によって語順などが替わった場合は、新たに次の行に書き直す。
従って似たような句が何行にも書かれていたりすることもある。
一、用意の品 -4-
「歳時記・季寄せ」
大正期に始まった「吟行」という作句法は昭和に入って「武蔵野探勝会」をピークとして、
現在なお「花鳥諷詠」の俳句を作る「場」として最重要なものと言える。
そのことから、「歳時記・季寄せ」はハンディーであることが必須の条件となり、
筆者は現在稲畑汀子編『ホトトギス季寄せ』を愛用している。
これはさきに出版された『ホトトギス新歳時記』の簡略版として編集されたものであり、
『ホトトギス新歳時記』の成立には筆者自身が若干関与したことも、愛着の原因かもしれない。
季題の選定から解説文の内容等、およそ現今行われている歳時記類のなかでは
妥当な一書と考えてはいる。
旧来の虚子編『新歳時記』と併用することで一層の充実も得られる。
虚子は『新歳時記』の序文に「俳句の季題として詩あるものを採り、然らざるものは捨てる。
現在行はれてゐるゐないに不拘、詩として諷詠するに足る季題は入れる。
世間では重きをなさぬ行事の題でも詩趣あるものは取る。
語調の悪いものや感じの悪いもの、冗長で作句に不便なものは改め或は捨てる。
選集に入集して居る類の題でも季題として重要でないものは削り、
新題も詩題とするに足るものは採択する。」と記している。
要は季題には「詩」が必要であること、編集は「網羅的」の逆で、季題を「選別し」、
「篩い落とす」ことに意を用いたことを宣言している訳だ。
吟行会、俳句会への携帯には『ホトトギス新歳時記』・『ホトトギス季寄せ』・虚子編『新歳時記』等が
便利だが、一方、家で他人の句集をを読む時などは、やはり「網羅的」に一万も二万もの季題が
収録されているものがあるに越したことはない。
近代における大規模「歳時記」の嚆矢はやはり戦前の改造社版『俳諧歳時記』五冊本。
戦後の大事業としては角川の『図説大歳時記』五冊が現在でも頼りになる。
難点を言えば、出版当時自慢だった「写真」が今となって古びて違和感を感ずること。
人によってはそのレトロな感じを楽しんでいる向きもあるが…。
更に講談社の『日本大歳時記』五冊本も悪くない。
この講談社版は随分普及したものだが、筆者は「座右版」と称する一冊本を便利に使っている。
角川の『ふるさと大歳時記』は書棚に飾ったままで、未だに「うまい使い方」が判らぬままなのは洵に残念。
「歳時記・季寄せ」に眼を晒して季題の本情、季題の詳細に通じる事は花鳥諷詠俳人の必修科目。
しかし「歳時記・季寄せ」は「憲法」では無い。
眼に触れ、「詩」を感じた季節の言葉があったら、「新題」とても試みる柔軟さを忘れずにいたいものだ。

一、用意の品 -5ー
「辞書」
俳句会は学校の「書取り」の試験ではないから、判らない漢字や、自信のない漢字は「辞書」を引いて
正しく書けば良い訳だ。
また意味についても、おぼろげなものは、確認の為にも、やはり辞書にあたって見るべきであろう。
そこで俳句会、吟行会に相応しい辞書について考えてみる。
まず必須条件として携帯に便利でなければならない。
私は何時の頃からか三省堂の『新明解国語辞典』を愛用している。
そもそもの付き合いが、中学に入学して初めて自分の為に買ってもらったのが、
旧版の『明解国語辞典』だった。
編者は金田一京助で、妙な名前もあるものだと思ったことを今でも覚えている。
三十年以上前のことになるが、国文科の学生時代には毎日『広辞苑』を持って通学して平気だった。
近年は体力的にとても無理になってしまった。
「新明解」は「明解」よりやや嵩ばるが、何とか現在でも持ち歩きに叶う。
二十年ほど前からだろうか、老眼向けに漢字だけ大きな活字で載っていて、
意味は省略した「字書」の類が流行り始めた。
「意味」が無いのは少々不安な気がしたが、作句に関連して辞書を使用すると言うことは、
知らない言葉を引くわけではないのだから、意味はいらない訳だ。
そう言えば江戸時代の軽便な字引である「節用集」がこのタイプだった。
近年の発明では無かったのだ。
この一、二年は「電子辞書」の真っ盛り。
俳句会、締切直前の静寂を「ピッ、ピッ」という電子音が駆け回る。
私は持っていないが、字が大きく画面に現れるので具合が良いそうだ。
今や『広辞苑』が手のひらサイズになってしまった訳だ。
さて自分の家に帰って、他人の句集などを読む場合には、もう少し大型の辞書が有り難い。
一般的には『広辞苑』・『大辞林』あたりが手頃だが、もう少し沢山の言葉を調べたいとなると、
昔は『大言海』・『大日本国語辞典』ということになった。
近年では小学館の『日本国語大辞典』が収録語数が多い。
用例などが丁寧で信用できるが、全二十冊というのは置く場所に困る。
いよいよと言うときに図書館で利用すればいいだろう。
漢字については『大字典』あたりが適当かと思うが、折角だからという向きには
諸橋轍次の『大漢和辞典』が世界的に見ても最高峰だ。
何世代にも亘って利用出来るのだから少々高くても意味はある。
もっと詳しくと言う方には白川静の『字統』・『字訓』・『字通』の三部作がお薦めだが、
こうなると俳句より漢字の不思議の方に興味が行ってしまって困ったことになる。
虚子先生は『言海』をご愛用だったらしい。
水仙や表紙とれたる古言海 虚子

一、用意の品 -6ー
「図鑑、双眼鏡、椅子」
「筆記用具」、「句帳」、「歳時記」、「辞書」と点検してきた「用意の品」。
「熱心な俳人」の中には、吟行時に図鑑の類を携帯される方も見受ける。
「植物図鑑」「鳥類図鑑」などなど、吟行先で名前の判らない花や鳥を見かけたとき、
歳時記よりずっと正確に且つ明快に、花の名や鳥の名を教えてくれる。
ところが困ることも無いではない。
一言で言えば「正確」・「厳密」過ぎて詩情から遠のいてしまうことも起こるのだ。
眼前の植物の名が「ミヤマナントカソウ」とか「ハクサンナントカ」とか正確に分かってしまった為に、
今度は一句の中にその正式名称が長すぎて入らないなんてことも起きる。
図鑑に載っている正式名称は、近くの似た仲間との区別をはっきりさせる為にある。
俳句には無用な区別も中にはあるのだ。
つまり図鑑の使い方を誤ると、却って俳句が作りにくくなる事もあると言っているだけだ。
正式名称などに囚われ過ぎない、文学的見識が必要なのだ。
慶応の大先輩で長く「馬酔木」で活躍したOさんが、いつでも図鑑をお持ちになっておられた。
ご一緒した折り、ふと「自然の真」という言葉が私の頭をよぎった。
結論として、筆者は吟行に図鑑は携帯しない。
その他のアイテムでお奨めなのが、双眼鏡。
亡くなった藤松遊子さんがよく持っておられた。
筆者も近年、双眼鏡を首から提げて吟行することが少なくない。
特に「鳥」などは双眼鏡でその姿を確認したり、細かい動きを観察するとぐっと親しみが湧いてくるし、
「朴の花」や「栃の花」などが手に取るように見えると俄然嬉しくなるものだ。
最後にご紹介するのが「折り畳み椅子」。
筆者は一時これを吟行時に愛用したこともあった。
現在でもあった方が良いのだろうが、一寸嵩張るので持たぬことが多い。
筆者の句作態度は、当初やはり星野立子先生の影響が強く、何となくゆるゆる歩きながら、
目に見えた物でぱっと写生する方法だった。
これは感性が特別鋭い立子先生に許されるやり方で、外の人は虚子先生の教え通り「じっと眺め」
「じっと案じ」なければならない、と近年気付いた。
そこで比較的有効なのが、件の「折り畳み椅子」だ。
肩から掛けて野山に出かける。
これという季題に出会ったら、そこで椅子を広げて写生に移る。
十分でも二十分でも脚が疲れる事はない。
対象の季題の真正面、至近距離に自分を置ける訳だから、写生も正確で深くなるというものだ。
ただし人気の無い、道ばたで「折り畳み椅子」に座ってじっとしていると、
地元の人や通行人に怪しまれる心配がある。
しかし、もともと手帳片手に、他人の畠や、庭を覗き込む「俳人」という人種は
常に警戒の目で見られているのであるから、今更椅子に座ったところで、五十歩百歩のことではあるのだ。
一、用意の品 -7-
「服装」
「用意の品」の範疇に入るかどうか疑問もあるが、今回は「服装」。
柔剣道やその他のスポーツのように、「でなければならぬ」といった服装は俳句には無い。
特に俳句会での服装に基準があるわけではないが、「吟行会」となると留意点がないでもない。
まず本人にとって動き易い服装を心がけること。
例えば筆者は、吟行へはジーンズを穿いて行くことが多い。
ジーンズについては、未だに若干世代間の感覚のズレがあるかも知れないが、
ともかく丈夫で少々の汚れの気にならない点が有難い。
吟行当日、心惹かれる「季題」に出会えれば、つまりその日の自分の心の代弁者である
「季題」を見つけることが出来れば、その日はきっと「佳い句」を授かる。
「ああ、これ!」と思わず口ずさむ「季題」に出会えたら、
その日の吟行はもう八十パーセント以上成功と言える。
その時こそ「じっと季題を凝視し」、さらに「深く季題を案じる」のが花鳥諷詠のやり方だ。
「季題」の前に佇む、屈み込む、近くの石にでも腰掛ける、地べたに座り込む。
こんなプロセスを想定すると、例えばジーンズのような服装は全く抵抗感なく「座り込める」。
お尻が泥で汚れたら、ぱたぱた叩けば済む。
汚れが取れなくても、家に帰って洗濯機に放り込めばそれで済む。
一寸「小綺麗」な格好で吟行会に行った場合。
折角絶好の「季題」に出会えたのに、立ち草臥れて、かといって座り込んで汚れたら困るから、
結局「季題」を責め切れずに、適当な処で妥協して「凝視」を中断してしまう。
そうなると後は、見えていた材料を適当に組み合わせて、
それらしい気分の一句に纏めあげることになり兼ねない。
「季題」のコア(中心)にある「何か」を掴み損なっているから、雰囲気の捏造で終わってしまう。
例えばの話しでジーンズを採りあげたが、詰まるところ「吟行会」の目的は「社交」ではないのだ。
したがって服装も、社会的に最低限のマナーが守れていれば十分。
お洒落れである必要は全くない。
それから靴。
靴についても、履きやすくて、汚れても平気で、少々の山道や草むらの気にならない物が相応しい
のは当然だ。
近年は割合「お年格好」の方の中にもスニーカーを愛用されているのをお見かけするが結構なことだと思う。
軽くて歩き易い点では最高だ。
一方、頑として自分流の「服装」で吟行会に臨まれる方もおられ、是は是で尊敬に値する。
例えば虚子がそうであったように「和装」を崩さない方々。
傍目にはやや不便そうに見えても、慣れてしまえば全く問題は無いらしい。
本「心得帖」はあくまでも一般論。ご参考になればと書きすさんでいるに過ぎない。
一、用意の品 -8-
「ムシガード、ホカロン、お酒、携帯電話」
話柄がうろうろ前後して恐縮だが、「用意の品」の続き。
前回「服装」の条で述べたごとく、「季題」と巡り合って、「季題」と語り合う時、
花鳥諷詠詩人は集中力と持続力が要求される。
その集中力を下げる要因は幾つかあるが、夏場の、筆者の場合は「蚊」。
これが実は大敵で蚊に喰われると、痒くて痒くて、途端に集中力が切れてしまう。
筆者の場合その「痒さ」は数日継続して日常生活を乱す。
蚊は蚊でそんな筆者が大好きらしく、一番に筆者を襲う。
筆者のように日頃アルコールを好む者は、肌から炭酸ガスをより多く放出するために、
蚊が寄って来るのだと、どこかで聞いたこともある。
そこで「虫除け」が夏場の必須アイテムとなるのだが、草取りではないのだから、
蚊遣香を腰からぶら下げて吟行するのも不便極まりない。
ここ数年はスプレー式の「虫除け」が流行って、「緑」の中に踏み込む直前に「シューッ」やったものだが、
近時「すぐれもの」に出会って、専ら愛用している。
それは「ムシガード」なる製品。
某製薬会社が発売しているウエットティッシュタイプの「虫除け」で湿った紙切れで首筋、額、腕などを
拭うだけで絶対蚊に襲われない。
スプレータイプと違って顔にも使える点が感動的だ。
この夏、去年の残りがあったので使ってみたら十分に効果が残っていて再び感動した次第。
ところで冬場の大敵は「寒さ」。
こちらは厚着をすれば済むようなものだが、何と言っても「ホカロン」が強い味方だ。
近年は着物の上から貼り付けるタイプも開発され、それを腰のあたりに貼れば
余程の寒さでも気を散らさずに「季題」と向き合っていられる。
氷柱でも雪崩でも流氷でもやって来いだ。
そう言えば、かつて若かった頃は「お酒」の助けを借りて寒さに対するのが「文学」っぽくて、
似つかわしいように思っていたし、実際よく呑んだ。
先輩俳人の中にもそんな方が何人もおられて、吟行が終わると今度は本格的に呑むのだった。
しかし幾人かは、その「お酒」がもとで早くに鬼籍に入られた。
最後に近年流行の持ち物の代表、携帯電話。
吟行会で迷ってしまったり、句会場が判らなくなったりしたときに、幹事さんに連絡がとれるのは
安心この上ない。
勿論家に病人やお年寄り、或いは小さな子供がいて、外出が憚られる時も、「携帯」があれば
安心していられる。
一方、静粛を要求される場面で、ふいに鳴り出すのは矢張り困ったものだ。
近年の劇場などは「携帯」が掛からないようなバリアがかけてあって有難いが、
普通の句会場はそんな設備はない。
そこで俳句会が始まったら、「マナーモード」にしておくのが「マナー」。
病人の様態などの連絡が入ったら、静かに立ち上がって、廊下で「携帯」を使用する位の配慮があって良い。
まあ、出始めの新機械で、使用する側が不慣れなための問題ではあり、数年以内には心配無くなるのだろう。

「用意の品」が整ったら、早速吟行会・俳句会に参加してみるのが「手取り早い」。
判らないことは周囲の人に聞けば良いのだ。
二度や三度失敗したってどうということもないし、それで閾が高くなるような「スマシた句会」など
「夏潮」には無いはずだ。
さて、そこで今回からは「ことばの約束」。
別に「約束」などといっても、法律でもなければ、モラルでもない。
いずれ俳句も文芸である以上、言葉を「道具」あるいは「表現手段」として自由に用いて宜い訳で、
その用る際の、およその「目安」を、幾つか挙げて置こうというのだ。
文語と口語
世の中には「文語」と「口語」という区別があって、「文語」というと何やら、ひどく古めかしいもので、
日常生活からは大きくかけ離れ、若い世代の人たちにはちんぷんかんぷんで、
やがては滅び去りゆく物であると考えている向きも少なくない。
しかし、一寸考えれば判るように、全く別の言語体系が並立しているわけでは勿論無いのであって、
多くの部分、否、殆どの部分で「文語と「口語」は共通しているのである。
当たり前のことで同じ日本語であるわけだから、その「ズレ」は洵に些少と言える。
早い話が「ちち」も「はは」も「やま」も「かわ」も、文語であるし口語でもある。
その微かしかない「違い」は充分学習可能の範囲内なのだから、「文語」は教育すれば、
必ずマスター出来る。
因みに筆者自身一九四五年生まれで、まさに「戦後教育」だけを受けて来た訳だが、
「文語」をマスターとは烏滸がましいが、少なくとも「違和感」は感ぜずに日々を暮らしている。
「もう、これからの若い人には文語は無理だから、俳句も口語でつくりましょう」
なんて妙に迎合的態度をとる俳句指導者がいるが、それはおかしなことだと思う。
「ことば」は確かにどんどん変化している。それは昔からのことなのだ。例えば『枕草子』百九十五段の、
なに事をいひても、「そのことさせんとす」「いはんとす」「なにとせんとす」といふと文
字をうしなひて、ただ「いはむずる」「里へいでんずる」などいへば、やがていとわろし
に見えるように、すでに平安時代にも「ことばの乱れ」はあった。
「と文字」を省いた少々下品な言い方が蔓延して、其れを清少納言は非難ししているのだ。
ところがその誤った語法もやがて「むず」という助動詞として認知され、現在の学校教科書にも
ちゃんと登場するのだ。
丁度、現今若者の「ラ抜き言葉」が糾弾されているのに似ている。 (つづく)