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この項は俳誌夏潮に寄せられた質問を本井英主宰が回答したものです。
Q季題と季語
「季題と季語」について、ご説明下さい。
A
連歌・誹諧の時代には「季の詞」と呼んでいたのですが、明治になって異なる定義づけのもとに季題とも
季語とも呼ばれました。
しかし大勢は「季題」と呼ばれたようで、改造社版の『俳諧歳時記』では「季題」という用語で扱っています。
一方、昭和六年、水原秋桜子が虚子と袂を分かってから、あえて「季題」と呼ばず
「季語」と呼び始めた関係で、「馬酔木」系の俳人達は「季語」と呼ぶようになったようです。
戦後の俳句界では秋桜子、波郷、楸邨の関係者が多く活躍した結果、
用語まで「季語」が主流になってしまった感があります。
どのみち内容的にはほとんど区別なく使われているようです。
ただし、私は「季語」という言葉は使いたくないと思っております。
それは「季語」という言葉の生まれてきた道筋にやや不満があるのと、言葉としてやや「軽い」ように
思われるからです。
季題はあくまで「題」、テーマです。一句の中心になければなりません。
別項に触れました「取り合わせ」と「季題発想」の話にも通じますが、「季題」を詠む中から
自然に滲み出るポエジーを大切にしたいと考えています。
Q「夜の秋」の使用について
季語の重要性については昔から説かれているのですが、最近、例えば「秋の夜」を「夜の秋」として
五音に読ませている句を見かけます。
先日のある新聞の有名な先生の選の句、
近づいてくる煙草火や夜の秋
がありました。下五ですから夜(よる)と読ませるのでしょうが、その場合なら「夜は秋」とせめて使った方が……
と思いました。「夜の秋」の使用について教えて頂きたく記した次第です。
A
「夜の秋」と「秋の夜」はまったく別の季題となっています。
「秋の夜」は秋の夜分の謂いで「秋の宵」とか「夜半の秋」とも言います。
一方「夜の秋」は現今では夏の季題として定着していると思います。
もともとはこちらも「秋の夜」の意であったものが、大正二年、
粥すゝる杣が胃の腑や夜の秋
石鼎
の句を虚子が「夏」の句として採ったことから夏の季題に加えられたといいます。
青木月斗などはあくまで反対したようですが、いまではおよその歳時記で「夏」として扱っています。
しみじみした良い言葉だと思います。
なお「秋の夜」を秋の夜(よる)とは訓まないのは御説の通りです。
Q面白いように俳句が作れる方法と二物取り合わせ
先生は、面白いように、俳句を作っておられるようにお見受けしますが、
面白いように俳句が作れる方法をお教え下さい。
また、二物の取り合わせに策がございますか。
テレビを見ておりますと、変わっておれば良いという方もおられるようですが、そういうものでしょうか。
A
「面白いように」といわれるとどうかなとも思いますが、俳句を作っているときは吟行でも属目でも
「楽しくて仕方がない」に近い気分ではおります。
それはどうしてなんだろうと考えてみるのですが、先ずは「季題」の姿を観察して
何か新しい発見はないものかと思うところにあると思います。
もう一つはその後に控えている「句会」への期待でしょうか。
作った句を読んでくれる仲間がいるということ、これは実に大きな励みです。
仲間の選句に入らないで残念な思いをすることも多いのですが、
ともかく清記稿に書かれた自分の句を読んでくれる仲間がいるというのは心強いことです。
たまに一人で吟行することもありますが、句会が控えていないとちょっと気持ちが乗らないようです。
吟行会などでいつも思うのは、朝家を出るときには予想もしなかった季題やできごとに出合う不思議さです。
家を出てから吟行場所に着くまで、たとえば電車のなかで一応「歳時記」を点検してみます。
今日はどんな季題に出合えるか予想するためです。
でも必ず嬉しい誤算があって、思いもかけない発見があるものです。
そんな気持ちが「面白いように」に通じるのではないでしょうか。
「二物の取り合わせ」の問題はなかなかむずかしい。
どこかの雑誌に書いたことがありますが、じっと季題と向き合って季題が語りかけてくれるのを待って
その季題からのメッセージを一句にする、いわゆる「季題発想」。
それに対して身の回りの面白い事象を先ず見つけ、そのウィットを生かす「季語」を歳時記から捜し出して
くっつけてみる。
あたかもスロット・マシンのように、どこか「ぴたっ」ときたらそれを一句とする「取り合わせ」という方法。
近年はこのふたつが作句方法の二大潮流とされています。
私流の言い方では前者は「季題からの出発」であり、後者は「季語への到着」です。
「季語への到着」の作り方は比較的安直に「変わった句」を得ることができます。
しかしまさに英子さんがいわれた通り「変わっておれば良い」のでしょうか。
各地で開かれる「俳句大会」とやらで良い成績を収めるには「取り合わせ」の方が向いているかも
知れません。
ただ疑問なのは、スロット・マシンのようにレバーを引いて果たして「面白いのか」聞きたいところです。
しみじみと季題を味わう時間がなくては、何のための「俳句」かと聞きたくなります。
Q 俳句を拾いに・・・とは?
英先生が時々おっしゃっている「俳句を拾いに…」という表現は先生の造語ですか。
それとも俳句の世界では一般的な言い方なのですか。
初心者はともすれば俳句を「作ろう」と構えて素直な写生ができません。
「拾う」という言葉は、そこにあるものを、あるがままに受け止めるという自然な響きがあり
敬服している次第です。
A
さあて、若い頃から普通に使っていた言葉なので、
誰か先輩が使った言葉を、そのまま私も流用しているのだと思います。
質問されてびっくりというところでしょうか。
それよりも「作ろう」とする構えを捨てて「あるがままに受け止める」べきであるという貴兄の見識に
脱帽しました。
私などもついつい陥る「悪癖」なのですが、景の前に立っても、今ひとつ素直さを欠いて
「句を作りあげて」しまうことが少なくないようです。
ミケランジェロの言葉か何かに「石が彫る場所を教えてくれる」とか
「石の中から馬を解放してやる」などというのがあったかと思いますが、
俳句もそれに近いところがあるのかもしれませんね。
Qこの句の味わい方は?
「夏潮」十月号、近詠の中に、
淡路町雉子町いまも日の盛り
英
という御句がございましたが、どこが面白いのか私には判りません。
味わい方をご教授願えれば幸甚です。
A
昨年の真夏の一日、句仲間たちと日盛りの神田を吟行した折の句です。
猛暑の中を靖国神社から神保町あたりをうろうろして淡路町にやって来たとき、虚子の妻、
糸の両親の営んでいた下宿屋「高田屋」がこの辺りだったことを思い出しました。
虚子のペンネームに「高田屋客」というのもあったかと思います。
そして靖国通りを南側にわたると旧「雉子町」の看板があり、その界隈が「雉子町」であることがわかりました。
雉子町といえば子規の勤めていた「日本新聞」の社屋のあったあたり。
心は遠く明治三十年前後の神田に飛んで、こんな句が口をついて出てきたまでです。
「いまも」の措辞に、旧町名華やかなりし頃を想像する感じを出したかったのです。
Q 推敲のポイント
先日、ある句会で「気持ちは分かる」として先生に選んで頂いた、
藪柑子隠れ家欲しと思ふとき
秋
という句について、「上五に軽い切れがあるので、藪柑子は、下へ持っていった方が良いのでは」
ともいわれました。
そこで、
隠れ家のふと欲しくなり藪柑子
秋
隠れ家のふと欲しきかな藪柑子
同
などと推敲してみたのですが、どうもピンときません。
堂々巡りをしているうちに、
藪柑子ふと隠れ家の欲しくなり
秋
では、どうだろうなどとも思い始めました。
推敲のポイントというようなものがございましたらご教示ください。
A
この句。初案では「藪柑子」で軽く切れます。
俳句に「切れ字」のあることはご存知ですね。
「や」とか「かな」とかの、あれです。
しかし「切れ字」がなくても一句は「切れる」ことがあります。
たとえば、動詞の終止形や名詞は、その後に短いポーズ(小休止)を要求することが少なくありません。
初案の場合「藪柑子」と打ち出しておいて、読者の脳裏にまず「藪柑子」の映像を結んでもらい、
しばらくして、「隠れ家が欲しい」という作者の気持ちが表出されます。
読み手は「藪柑子」とまず読んで、次のフレーズを受け入れる前に「藪柑子」の映像を過去の記憶を頼りに
脳裏に描きます。
短い整理の時間が用意されているわけですね。
しかる後に「どういう訳か、隠れ家が欲しいと思った」という作者の思いを聞かされる訳です。
この句、作者の感じている気分はよく判ります。
しかし上五の後にある「切れ」が、「藪柑子とは」と定義する効果を持ってしまったために
「そんな気分に人を導くものなのだよ」という作者の主張を押しつけられたように感じてしまうのです。
そこに「説明臭さ」が出てしまう。
ですから、せめて、
隠れ家を欲しと思へり藪柑子
とすれば、「説明臭さ」は少し緩和されるかもしれません。
ところで貴女の推敲には、いつの間にか「ふと」という副詞が入り込んできてしまった。
こうなるとまた別の話です。
どうも「ふと」には、やや「勿体ぶった」感じが付きまといます。
もちろん、推敲過程で措辞が改変されることはよくあることです。
しかし単純なリズムの問題だったものに、違う要素が混ざってしまったことも事実。
もう一度始めにもどって考えてみましょう。
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